静けさと彩りと

*そふぃーの森*

夏至の新月は日食

2020/6/21/sun.

夏至
日本では特別に何かをする地域は少ないと
思いますが、トーベヤンソン
ムーミン谷の夏まつり』では
お花を摘んだり、かがり火をたく
といった場面が描かれています。
毎年その事を思いだし、1人心のなかで
小さなおまつり気分を味わいます。
『ささやかな願いが叶う』
そのように勝手に決めているのです。

その夏至の日に新月が重なり
さらに日本では部分日食となりました。

インターネットでは、世界中の映像が配信されるため、
美しい映像がいくらでも観られるのですが、
日食の時期は、どうしても眠くなってしまい
見逃してしまいます。
2012年5月21日の金環日食も、日本中で
太陽観測用グラスが売り切れる程話題となり
ご近所さんが空を眺めていた頃、わたしは
どうしても起きられず見逃しました。

日食のためか、他の原因かわかりませんが
最近とても疲れていました。
以前友人に
「喜怒哀楽の全てが疲れてしまう」
と言われたことがあります。
その時は嬉しくて疲れるという感覚が
よく解りませんでしたが、今は
嬉しさや感動や興奮は、かなり人を
疲労させるのだと実感しています。


この1週間、調布国際音楽祭が行われていました。
@(あっと)調布国際音楽祭2020 と称し
全てがオンラインで配信されるのです。
それも1日3度!
視聴する側のわたしは、実のところかなり
疲れましたが、調布市はわたしの音楽の原点
といっても過言ではない特別な地域なので
人生初のクラウドファンディングに参加し
全配信を視聴させて頂きました。

コンサートホールに人が集まれない時期に
たぶん世界初ではないかと思われる
未知のオンラインによる国際音楽祭。
主宰者側の模索と苦労と情熱という力は
いったいどのようなものだったのでしょう。
個人的に支払える金額には限界があったので
配信を全て視聴し反応を示すという役を
自分に課しました。

わたし1人が聴いたかどうかなど
全くどうということもないのですが。
けれど、わたしは
夏至の日にフィナーレを迎える音楽祭が
感動に包まれて喜びとなる」
ということを夏至の願いにしていました。
5月末に、ふと思いついた願いであり祈りです。

わたしが願うまでもなく、物凄い感動と共に
音楽祭は大盛況で閉幕しました。
たぶん何千人、もしくは何万人の方々が
聴衆として視聴していたはずです。
一番大切な、多額の資金提供をされた方も
沢山のいらしたはずです。

これまでステージに立つ側としての活動が
多かったのですが、聴衆あっての音楽。
聴衆が居なくては、演奏会は成り立たない。
わたしは、この自粛期間中に様々な経験をし
より良い聴衆とは何だろうかと
考えはじめました。

基本的な知識があること。
より多く聴く経験をすること。
興味と探求心と素直さを持ち続けること。
自分の心に正直であること。
ふらっと気まぐれに聴いてみること。


よい聴衆が居なければ
よい演奏会は成立しないのです。
これからは、ただ満席なだけの演奏会は
何の意味も持たないように思います。
時代が変わったのだと強く感じています。

sophie